コラム

2009年10月19日 (月)

落とし主が見つかりました

教会にはいろいろな方が訪れてくださいます。
特に、外部の方にお貸ししたときなど、落とし物が見つかることが多くあります。
ちいさなものを置いて行かれ、「落ちていませんでしたか!?」と慌てて問い合わせてくださる方は、思い出のものか、大切にされていたものなのでしょう。

貴重品を置かれて帰られた場合は、比較的早く持ち主が分かりますが、「大事なものでは?」と思われるものでも、なかなか持ち主が現れなくて悩むことも多くあります。
今朝も「大事なもの(具体的には伏せさせてもらいます)では?」と思われるものが置かれていました。
すぐに問い合わせがあるのでは?と思ったのですが、現れないので、どうしたものか???と思い、前日に会堂をお貸しした方に問い合わせてみました。
すると、持ち主の方が探しておられるとのこと、すぐに連絡を取っていただき、無事に持ち主に戻りました。
その方は、置かれていた場所に忘れたとは思わず、別の場所を一生懸命探し、なかったので半ばあきらめていたとか。

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それで思ったのですが、「貴重なものでは?」と思われてもなかなか持ち主が現れない迷子の品物の中には、持ち主が必死に別の場所を探しているものもあるのかもしれません。
何らかの方法で、「ここにありますよ」と教えることが出来たらいいのですが・・・。

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2009年9月18日 (金)

テンプレートを替えてみました

テンプレートを替えてみました。
ブドウと言えば、よく教会でイラストとして使われますが、新約聖書のヨハネによる福音書15章1節~10節がもとになっていると思いますが、ぴったりかと思ってテンプレートを替えましたが、でも、イメージとしては前回のものの方が良かったかな?
迷いもありますので、何か意見がありましたら教えてください。

ちなみに、5節は「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。」です。

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2009年8月19日 (水)

カラスの巣

Hashibutogarasu090819 もう子育ての季節は終わり、今年生まれたヒナと思われるカラスたちも親鳥と変わらなく大きくなってきました。

聖書には、よくカラスが登場します。
みんなが思い描くイメージ通り、ずる賢いものとして登場することもありますが、ルカによる福音書12章24節からは、「カラスのことを考えてみなさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、納屋も倉ももたない。だが、神はカラスを養ってくださる。あなた方は、鳥よりもどれほど価値があることか。・・・・」と書かれています。

教会の周りでも5月頃になると、巣材を集めるカラスが見られ、正直言って、顔をしかめる方が多いかと思います。
でも、集めているものを見ると、最近のカラスは、よくクリーニング屋さんがくれる針金のハンガーを器用に折り曲げ、台座に使ったり、家畜の毛を卵の下に使ったり、いろいろ工夫しています。
いろいろな太さの木の枝やコケなど、昔の巣材が本当はいいんでしょうが、今の時代に与えられているものをそのまま自分なりにうまく利用しています。
人間とは違い「あれがない!」、「不便だ!」と言わずに、あるがままをそのまま受け入れています。
本当に、カラスを見て、神様を知ることは多いようですね。

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2009年7月25日 (土)

教会の訪問者

今週のある日の午後、3人の小学生が会堂にやってきました。
「使わせてください!」と、ホワイエのテーブルで勉強か、調べ物なのか、なにやら楽しそうに話しながら書き物をしていました。
もしかしたら3人のうちの何人かは、幼稚園の卒園生だったのかもしれませんが、ごくごく自然に入ってきました。
「あまり遅くならないように・・・」と思っていたら、夏の時期には17時30分に市内に流れる音楽の少し前に、「ありがとうございました!」と帰って行きました。
こんなことを言ったら教会の関係者には怒られてしまうかもしれませんが、「教会学校に子どもがいない」と言われてしばらくたちますが、こんな教会の利用もうれしいかな?と思います。
そしてついでに言うなら、教会が考える視点がちっと違う方向を向いているのかもしれない?とも思いますが、どっちを向いているのかは解りません。

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2009年7月 1日 (水)

創立記念日

今日は千歳栄光教会の教会創立記念日です。
58歳の誕生日です。
ここが教会の公式ブログじゃない証拠・・・というか、私の感想なので違う考えの方もいらっしゃると思うのですが、創立当時の文書を読むといつも思うのですが、千歳栄光教会の不思議さは、創立の思いのメインは、「礼拝に出席する人を増やしたい」ではなかった、ということではないかと思います。
教会を保育所・幼稚園として、(教会関係者のため、ではなく)市民のコミュニティーとして使って欲しいと言うこと、地域に仕えたいということでした。
今の新会堂も同じ思いで設計されています。
しかし、少しずつ集う人の気持ちが変化しているのかな?と思いますが、地域の方々が求めていることも違ってきているのだろうと思います。
それが今はうまくマッチしていないようにも感じますが、少なくとも7月5日の創立記念礼拝の日まで、新たに「地域に仕えたい」と言うことが何であるか、祈る日でありたいと思います。

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2009年2月27日 (金)

不思議に支えられている

Shintonotomo090227 今日は日中、「信徒の友担当者」が届けられた「信徒の友」3月号をそれぞれの週報棚に入れに来られました。
お忙しい中、仕事の合間を縫って教会まで足を運んで奉仕をしてくださることに感謝です。
その後、夕方には会堂の掃除当番の方が掃除をされて19時前に帰って行かれました。
これもまたそれぞれの生活の中で、時間を献げて奉仕されているのでしょう。
教会は、タイムスタンプもなく不思議に支えられるところです。(勤務管理ならぬ奉仕管理をされているのは、神様)

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2009年2月24日 (火)

今シーズンも雪が多い

Sekisetsu090224_2今シーズンも降雪の恵みであふれています。
道央と呼ばれている札幌市周辺への雪の降り方には大きく2通りがあるのだと思います。
一つは、冬型と言われている石狩湾から雪雲が流れてきて日本海側に降らせるもの。
(これもまた、風向きによって札幌市が多かったり、岩見沢市が多かったりするようですね。)
もう一つは、太平洋側を低気圧が通過して降らせるもので、これは苫小牧市などの太平洋側に降らせるものです。
元来、千歳市は風は冷たいけれど雪は少ないところでした。
石狩湾からの雪は恵庭市で止まり、太平洋からの雪も苫小牧市のみ、ということが多かったのだと思いますが、昨シーズンから両方からの雪の影響を受けています。
すっかり、教会の駐車場を囲むように高い雪の壁ができていますが、他の北海道内の教会のブログ等を読んでいて思ったのは、北海道での豪雪地帯と呼ばれているところには、毎週のように大雪になり、牧師だけで除雪をせざるを得ない教会も多いのかもしれませんね。
それを思うと千歳栄光教会は、まだまだ恵まれているのかもしれません。
でも、また明日の午後から雪との予報を見ると・・・。

画像は、昨日の様子です。

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2009年2月19日 (木)

ダイヤモンドダスト

Samui090219 気象概況を聞いているとそうとも言い切れないようですが、多くの場合、千歳市内に大雪が降るのは、春間近か暖かいかのどちらかだと思います。
今シーズンの冬もあまり寒い日はなかったのですが、久々に今朝は冷え込んだようです。
教会の隣を流れる千歳川に近づくとダイヤモンドダストが見られました。
残念ながら私の腕では画像に納めることはできませんでしたが、寒さで空気中の水蒸気が凍って、起こる現象といわれています。
ダイヤモンドダストは、きらきらと光ってきれいな現象ですが、まだに「隠れているものが現れた」瞬間かもしれません。

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2009年2月 7日 (土)

インターネットの活用

昨日の記事へのmnambaさんのコメントから、返事を書こうとしたら長くなってしまいそうなので、記事を起こしてしまいました。

北海教区でも2~3年前の宣教方針の中に「インターネットの活用」という言葉が載りましたが、まだまだ先は長い感じがします。
私自身の信仰へのきっかけの中に、ホレンコやルーテルアワーという早朝のラジオ番組がありましたから、私自身、インターネットを含めて新しい技術や手段が現れたら、それを利用する人、それを利用して教会を知る機会を求める方法が便利と思う人がいれば、積極的に活用する方法を考えた方がいいんじゃないのかな?と思っています。
(一部で話題になったホームページの閉鎖は、矛盾じゃなく、その流れでした。)

でも、教会自体ではなかなか壁が高いですし、厚いですね。
実は、昨日の「WEB担当者へ」という郵便物を見たとき、最初に郵便物を手にした教会員の反応は、なかなか冷ややかなもので、もしかしたら開封されないままでどこかに行っていたかもしれません。
もしかしたら、テレビやラジオも今のインターネットと同じように「百害あって一利無し」という意見が(少数派か多数派かという人数の問題ではなく)意見として重さがあった時代があるのでしょうから、それが今のような感覚になったのと同じような時間がかかるのかもしれませんね。

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2009年2月 6日 (金)

リンク先の見直し

士別教会から「WEBサイトご担当者様」というお手紙をいただきました。
残念ながら(?)千歳栄光教会には「WEBサイト担当者」はいないのですが、いつもの通り独断で開封させていただきました。
士別教会の公式WEBサイトが変更になったので、リンク先を変更してほしいというもので、丁寧に連絡をありがとうございました。
早速、こちらも千歳栄光教会には、残念ながら公式WEBサイトはないのですが、とりあえず延長になった非公式WEBサイトからはリンクを張らせていただいていましたので、一緒に連絡していただいたアイヌ民族情報センターと一緒に変更させていただきました。
この際なので、ほかにリンクしていたWEBサイトも正しいのかどうかをすべて確認して、変更になっていたところは張り直し、閉鎖になったのかどうかわからないところは削除させていただきました。
以前、閉鎖されていたWEBサイトが、なぜか変なWEBに飛ぶようになっていたことがあったので、本当はもっと間隔を開けずに確認しなければいけませんね。

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2009年2月 2日 (月)

サクラマップ(依頼)

今日、千歳市公園緑化協会の方が来られ、千歳市内のサクラマップを作成するのに、教会のサクラを載せたいと言ってこられました。
ご存じの方も多いと思いますが、教会の入口にサクラの木が植えられています。
毎年、きれいな花を咲かせてくれます。
ちなみに、プロフィールの上の写真もサクラが咲いた頃の会堂なのですが、光の関係か、カメラマン(私)の腕か、なかなかきれいな写真にはなりません。
サクラの花というと、以前にも書いたかもしれませんが、サクラの花は寒い冬があるから春に向けて開花の準備を始めるとか。
厳しいと悲観的になるときにこそ、恵みの時と思っているのですね。

ちなみにお願いには、問題はないと思いますが、一存では何とも言えないので、後でお返事します。
と答えさせていただきました。

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2009年1月27日 (火)

今シーズンの積雪事情

Sekisetsu090127 千歳市は、基本的に積雪が少ない地域です。
でも、会堂の屋根の大きさもあり、例年、この時期には事務室の窓が屋根からの雪で隠れてしまいます。
つまりは暗い部屋になってしまうのですが、ここ2年ぐらいは冬の暖かさから年が明けても積雪がそんなに無く過ごしています。
でも、去年も今頃はそう思っていたのに2月末に大豪雪が待っていました。
よく「1シーズンに降る雪は一緒(少ないと思っても最終的には元が取られる)」と言われるのですが、もちろん、科学的にはそう言うことはないのですが、楽していた分、終盤の大雪はこたえるのかもしれません。
さて、今シーズンは?

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2009年1月10日 (土)

少し迷っています

このblogを立ち上げてからずっと悩んでいたことなのですが、最近特に悩んでいます。
こちらのblogは、千歳栄光教会の公式のものではなく、事務室にいる私が個人の目線で個人的な意見やら思いやら感じたことやらをいろいろ書かせていただいています。
それ以外に、千歳栄光教会HPと言うものがあるのですが、こちらも千歳栄光教会の公式なものではなく、個人の責任でやっています。
非公式としているのは、公式としたら公開するまでに手続き等で時間がかかるのと、教会の見解と私個人の意見がずれることもあるのかな?と思ったからです。
でも、ずっとホームページが非公式ってことに悩んでいたのですが、教会(役員会)から「公式のHPを持つから名前を譲ってよ」と言われたら、いつでも譲る気持ちで、幾人かの方にはそのように話しながら続けてきました。

ホームページを立ち上げたきっかけは、新会堂の建築ですし、毎日の建築の模様も公開していましたので、もしかしたらその頃、blogが今のように一般的ならホームページではなく、blogを立ち上げていたのかもしれません。
それに、「個人的に書いていますよ」ってことがよく解るのは、blogなのかもしれません。
お金の関係で契約しているプロバイダーを整理したいという個人的事情もあり、この際、ホームページは閉じて、blog一本で行こうかなぁ?と悩み、今年度いっぱいで結論を出そうか???と思う今日この頃です。
ホームページにアクセスしてくださるのは1日でのべ10アクセスぐらい、blogはのべ40アクセスぐらいと言うこともありますし、気持ちの上では、私が管理するものは、今の「千歳栄光教会HP」という半非公式のホームページは閉鎖し、この「千歳栄光教会事務室日誌」というblogだけにしようと考えていますが、もしも「ホームページも残すべき!」という強力な意見がありましたら、お教えください。

もちろん、その後、教会の正式なHPを役員会なり、他のグループで立ち上げていただいてもそれは嬉しいことです。
と言うこともあって、最近、ホームページの更新をサボっています。(すいません)

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2009年1月 1日 (木)

新しい年が始まりました

2009年、新しい年が始まりました。
試行錯誤、暗中模索、優柔不断で、テーマが今ひとつ定まらない中で続けていますが、今年も「教会ってこんなところ」、「教会ってこんなことをしているんだ」、「教会へ入ってみよう」をテーマに更新していきますので、どうぞよろしくお願いします。

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2008年12月16日 (火)

車寄せ

Genkan081216 今日はちょっといつもと違う趣向の内容です。
会堂の玄関口は、直接クルマが横付けできるようになっています。
それは、歩くことが困難な方も直接、クルマから会堂に入ってこられるようにと考えました。
特にこれからの季節は、寒さもあるでしょうが、駐車場が凍っていることもあり、ますます歩きづらくなりますから、必要になってくるのだと思います。
でも、残念ながら一度もそのようにクルマが停められたのを見たことがありません。
利用される方が少ないと言うこともあるのでしょうが、クルマをまわす位置に、最初にいつも他のクルマが停まっていることも原因しているのかな?と思います。
今年も勝手に駐車位置についてお願いの紙を貼らせていただきましたが、それぞれにあずかり知らない事情もあるのかもしれません。
でも、「感謝なことに私は雪道を歩くことが出来る! まだまだ大丈夫!」と言う方は、配慮をしていただけたら・・・と思いつつ、今シーズンの冬も始まりました。

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2008年9月18日 (木)

2階の和室

Washitsu080917 今回は本当に個人的な思いです。
会堂の2階には和室があります。
関係者や葬儀の時にご親族が泊まることが出来るように、と作られました。
同じ2階にある小礼拝堂と同様、残念ながら活用することが少ないスペースかもしれません。
もっと教会員に活用される方法はないのかなぁ???と考えているのですが、こんな使い方はうまくいけば理想的かなぁ???と本当に個人的な思いです。
1階の礼拝堂とエマオと呼んでいる多目的スペースは、感謝なことにいろいろな団体に使っていただくことが多くなりました。
そのため、教会員が落ち着いて話が出来る時間が少なくなってしまったのかもしれません。
お茶やお菓子を持ち込んで、和室なら(独立したトイレも付いていますし)ゆっくりと、時間を忘れて話が出来ないかなぁ???と思うのですが、今まで、慣れていないことなので、自然と和室に・・・というのはなかなか難しいのかもしれませんね。
それに、密閉された空間は、ゆっくりとしづらいのかもしれませんね。

ならば、2階のギャラリーはどうなんだろう???と思ったのですが、場所は凄くいいのかもしれませんが、これも慣れの問題???
ちょっとわざとらしく、どこからか椅子とテーブルを探してきて、大勢、人(教会員)がいる時間帯に、(わざと目立つように)のんびりとコーヒーを飲みながら本でも読んでみようかな?

あっ、本当にこの記事は、あくまでも個人的な思い、夢です。

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2008年8月 5日 (火)

栗山教会通信第16号

Kuriyamatuushin080805 栗山教会に連帯する会から栗山通信第16号が届けられました。
栗山教会通信と一緒に、栗山教会会堂建築かわら版が入っていました。
この3月まで、大変な困難の中で、自分たちの教会の負担を受け入れて下さり、千歳栄光教会に代務者として三浦亮平牧師を送り出してくださいました。
感謝の心を持ちながら、本当に栗山教会の負担をどれほど解っているのかな?と自問自答することがありますが、ほんの少しもお返しできていないのが心苦しいです。

栗山教会は栗山町という小さな町にある教会員が10名ほどの小さな教会ですが、数年前から会堂建築に向けて歩み始めているようです。
建築費等の数字だけを見れば後ずさりしてしまいそうになるのかもしれませんが、前向きに着実に歩んでいるようです。

会堂建築かわら版の中にその三浦亮平牧師が「回転寿司と、苗床と」という文章を書いておられます。
「苗床教会」とは、信徒も牧師も育てられたところで他教会に移ってしまう、多くは地方の教会から都市部の教会へと移るのでしょうから、地方にいなければ解らない問題でもあり、これも格差の一つかもしれません。
栗山教会は「苗床教会」でもありますが、回転寿司のごとく教会員の入れ替わりが激しいのだそうです。
10年単位で教会員が大きく入れ替わり、教会員も10名ほどで変化がないのですが、その数倍もの教会員を送り出しているそうです。
そう考えると、ある意味では空港関係者、自衛隊関係者、工業団地関係者と転勤族が多い街である千歳市にある千歳栄光教会も「回転寿司教会」なのかもしれません。
しかし、ここ数年、礼拝を守る方々にほとんど変化がないのは、いいことでもあり、本当は問題が隠れているのかもしれません。

栗山教会は、会堂建築を総会で決議したこの4月に3名の受洗者が与えられたそうです。
思い起こすと、千歳栄光教会が会堂建築を決めた時、転勤等でいろいろなタラントを持った方が集められてきました。
本当に神様は、必要な時に必要なものを必要な分だけ与えてくださる、と思いましたが、栗山教会にもその神様の恵みが与えられることを祈りつつ、関わっていけたらと思います。

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2008年7月 7日 (月)

待ち合わせ場所

Kutsurogi080707 今日は、千歳栄光教会で毎週一緒に礼拝を守っている他の教会に属している方(教会では、客員という言い方をすることもあります)が、お連れ合いとの待ち合わせに、と教会を訪れました。
しばらくして所用を済まされたお連れ合いが来られて帰って行かれましたが、以前はお子さんと一緒に会堂で昼食をとられる教会員もいらっしゃったのですが、最近は特別な用件がないけど教会を訪れると言う教会の関係者がいらっしゃらず、会堂を使われることが多い幼稚園の関係者が帰って行かれると、少し寂しく思っていました。
会堂に人の動きがあると何となく暖かく感じますし、「用事はないけど近くまで来たからちょっと教会に寄ってみよう」と思う関係者が増えることが、教会のぬくもりのバロメーターなのかもしれません。

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2008年5月19日 (月)

藤原亨牧師の葬儀

昨日の夜と今日は、北海道クリスチャンセンターの館長をされていた藤原亨牧師の葬儀でした。
天に召されたのは、この15日でしたが、藤原先生が旅先で倒れられたのは、去年12月、無牧師の千歳栄光教会のクリスマス礼拝の説教をお願いしていたのですが、クリスマス礼拝の10日ほど前でした。

長い間、牧会をされていて、隠退されてのんびりしたいと北海道に引っ越してこられましたが、お忙しい毎日が続いていました。
クリスマス礼拝の打ち合わせのため、当教会のクリスマス委員会の委員長がクリスチャンセンターにお話しをしに行ったとき、打ち合わせが終わってから「まだ時間がある?」と引き留めて、キャンピングカーを見せてくださり、嬉しそうに説明してくださったそうです。
北海道内をのんびりと旅行されることを計画されていたのかと思うと、本当に複雑な気持ちです。

私たちが祈り、考え、行動しなければいけないことをたくさん残してくださったような気がします。

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2008年5月16日 (金)

子ども達の声

札幌市内にある同じ日本キリスト教団の教会のホームページで、「教会は人である」としたものがあったのですが、たとえどんなに素晴らしい教会堂でも、人々に感動を与える会堂でも機能的に作られた会堂でも、そこに人の声が想像できなくては、人の影が想像できなくては、虚しいのかもしれません。
また、日曜日にしか人の声が聞こえない教会も寂しいのかもしれません。
今週、水曜日の日中は、静かな会堂でした。
何となく落ち着かない気持ちになりましたが、逆に、この4月に牧師が与えられ、人の声、特に子ども達の声が響いている日が以前より増えた気がします。
だから逆に、静かな日が目立つように感じたのかもしれません。

1階では賑やかに子ども達の声が響き、階段を駆け上がり、運動場のトラックのように駆け回る子ども達の歓声が聞こえ、その中で2階では神様に声に耳を傾ける、これがこの会堂が生きている時かもしれませんね。

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